メディア太郎日記

メディア全般のリアル体験記事

震災の日私はスタジオにいました。

東日本大震災から9年となりました。

あの時私は番組のナレーション収録で新橋のスタジオのいましたが、ものすごく大きな揺れに、とにかくスタジオのスタッフが

 

「扉を開けろ!扉を開けろ!」

 

と叫んでいたことを鮮明に覚えています。

 

録音スタジオの扉は防音のために分厚い構造になっており、とにかく扉が開かなくならないように、咄嗟の判断と指示をしてくれたんだなと思っています。

 

あの時はとにかく歩いて会社に帰りましたが、あらゆる企業がCMをストップして欲しいと言ってくる。

いわゆる「AC差し替え」依頼が来ました。

 

結果、世の中のテレビが一斉にAC(公共広告)になりました。

 

それから原発の問題から輪番停電、余震など大変な日々が続きましたが、東北の方々のことを思うと比較できません。

 

私の福島の友人が、その時にたまたま報道のカメラマンをしておりカメラを持ったまま海辺近くの街にいたそうです。

 

いわゆるENGというデカいカメラで、数百万前後すると思われますが、本人はどうにか助かりました。

 

後で、カメラをつぶして怒られないわけないと笑っていましたが、無事で本当良かったです。

 

あれから9年。日本、世界は新型コロナウイルスと経済的な打撃に見舞われています。

何もできませんが、できるだけみんなが笑顔になれるような仕事をしたいと思います。